審査総評
 
     

 

笠原 美智子
 審査に携わって4年になりますが、今年は今までよりクオリティが高くなりました。それぞれの作家が、画づくりの上手さという点で、すごくクオリティが高くなっているのですが、私が見なれてしまったせいか、迫ってくるようなものが少ない気がします。クオリティの高さと写真が伝えることをうまく合致させた人が、奨励賞(グランプリ)と優秀賞に選ばれました。   
 奨励賞(グランプリ)の高西知泰さんは、そこに写された現実世界を、自分自身の世界に転化させている新鮮さを感じました。内容よりもセンスだけでいってしまうような危険性もありますが、高西さんは独自の世界を開いていく可能性をもっていると思いますので、奨励賞(グランプリ)に選びました。
 優秀賞のバルボラ・ククリコヴァーさんの作品は、クオリティと完成度は、奨励賞(グランプリ)に匹敵します。可能性という点で高西さんが奨励賞(グランプリ)になりましたが、本当に紙一重です。ククリコヴァーさんも高西さんの作品と同じように子どもを撮っていますが、子どもを撮るときの過剰な思い入れや、逆にオブジェ化するような偏りがなく、画としても面白いし、雰囲気が伝わるあたたかな作品です。子どもを撮るときのいやらしいあたたかさというか、ベタベタしたところが全然なく、写真家の目に徹しているという感じがします。
 昨年の奨励賞(グランプリ)、中国のアドォさんの今年の応募作品は、ククリコヴァーさんと同じくらい完成度が高く、優秀賞になりました。前回のバスの中を撮った作品には、危険なエッジというか、尖ったところがあってすごく惹きつけられましたが、今回はそれが成熟し、熟成しました。この中国の少数民族を写したポートレートは、正統派で正面からその人たちに取り組み、なおかつ、前回のように尖ったところ、すこし危険な香りみたいなものが残っていて、ポートレートとしてとても惹かれます。同じく優秀賞の小瀧恵介さんは、廃校の教室のような空間を撮っていますが、空間自体がもつ何か、歴史のようなものなのか、とにかくその空間がすごくうまく撮られています。ただ、もっとプリントの質を改善して、もっと撮りためて、必要な糧を踏んでいってほしいと思います。
 私が選んだ審査員特別賞の中島大輔さんと澤畑有紗さんは、二人ともとても若いのですが、まったく逆方向の作家です。中島さんはとてもセンスがいいと思います。毎日を楽しく生きたいけど不安定で、どこか冷めているけれど、前向きに退屈な日常を生きようという、自分自身の何気ない日常をうまく捉えています。ただ、たしかに今しか撮れない写真だと思いますが、今はセンスで撮っていて、それがうまい方に転んでいますが、写真的にもっと何かしらの要素が必要になってくると思います。澤畑さんの作品は、自分のおばあさんを、ひとりの女性としてドキュメントしている作品です。この女性との協力関係で作品が成り立ち、その世代の女性をちゃんと前向きに捉えていこうとする正統的な姿勢に対して、私はストレートに共感しました。もっといっぱい撮って、もっとその女性に迫って、完成度の高いものにしてほしいと思います。
 
  (インタビューを編集しました)  
   
     

 

島尾 伸三
 白昼夢というか、夢の中をさまよう様なシュールリアリズムのようなタッチの作品が目につきました。それは焦点をボカすとか、ブレさせるという手法だけでなく、より鮮明なフォーカシングの作品の中にも現実を超えたリアリズムを求める傾向(つまり超現実)があることに気づかされました。
 ドキュメントタッチの作品の中にも、より抽象性を高めることで、見る人の内面を直に訴えるよう工夫されているものが幾つも目につきました。これらのことは、写真の利用が、携帯電話に撮影機能が付加されているように、あきれる程ひんぱんになり、写真の流通が洪水のようでさえあること、あるいは映像的成熟の始まりの結果ではないでしょうか。
 私たちの映像に対する要求はきびしくなっているでしょうし、もはや、単なる代理体験や、証拠写真や、芸術上の新発見だけでは、私たちが満足しなくなっているような気がしているからです。その結果、写真の原点でもある、素朴であるはずのストレートフォトグラフィーにもリアリティ以上の何か、より現実らしい現実、つまり超現実が求められているようになって来ているのかも知れません。それは、絵画の歴史にもある、シュールリアリズムとはやや趣を異にしているようです。写真は、実は絵画とは異なる表現上の歴史を重ねて来ています。シュールリアリズムやキュービスムの誕生に一役をかった、ということもありました。かつ、写真は観念的ではありませんでした。写真は実に被写体という実存を相手にしてきたからです。それが故に、写真は抽象的なこと、あるいは根源的なことに思いをめぐらせる手段を欠いていると考えられて来たのですが、今回の作品群を拝見して、早くも写真が哲学的や文学的主題を持ち、深みを増しはじめていることに気づかされました。風景をなぞるとか、読みとくというのではなく、すでになぜこのように存在しなければならないのか、なぜ人はこのように対峙しているのか、というように風景に語らさせることに成功しているからです。圧倒的な勢いの映像のデジタル化が、写真の終焉を加速しているように思えてくることもあります。しかし、今回の作品群は、その寂しさを否定してくれました。写真が、あらゆるジャンルをとり込んで、より抽象性の高い表現へと変貌をとげつつあるのではないかと思えてきたからです。
 そういう中で、川上慶子さんと猪熊美都子さんの作品を審査員特別賞に選びました。ふたつの作品は傾向が違います。川上さんの作品は、女の子が可愛らしく、メルヘンチックなタッチです。猪熊さんは、自分の心の傷を見せるような作品です。しかし、その両方とも景色に任せるのではなく、自分の内面を景色の中に見つけ出す、或いはその景色を見せることで、自分の内面を見せるという構造をもっています。内面を捉えた作品は、今までも沢山あるわけですが、その中でもすこし特異であり、本物ではないかと思います。
 奨励賞(グランプリ)は、高西知泰さんとバルボラ・ククリコヴァーさん(優秀賞)とで、迷いました。高西さんの作品を奨励賞(グランプリ)にしたのは、彼の可能性にかけたのです。もしかしたら、ククリコヴァーさんの作品の方がふさわしいのかも知れませんが、私は可能性にかけました。
 気になるのは、海外の応募作品に面白いのが多いのは一体どういうことなのか、私自身が戸惑っています。日本という社会がもつ何かがそうさせるのか、具体的には私にはわかりませんが。
 
  (ご本人の文章に、インタビューの書き写しを加えました)  
   
     

 

平木 収
 いま、写真が転機だと言われています。また、デジタルが拡大してきて、逆に写真へのこだわりが、近年、明確にいろいろな形で示されるようになってきました。けっこう面白い時代になってきていると思います。ただ、日本の場合は、世の中が何か活力がないというか、外国の作品の方が、とても社会との噛み合いがいいように思います。
 奨励賞(グランプリ)の高西知泰さんの作品は、写真ばかりやってきた人の写真ではない面白さがあります。高西さんはミュージシャンでもあり、写真的な文法だとか、ありきたりの写真表現ではなくて、かなり不可視なものを受けとめて、撮っているという面白さがあります。高西さんがこれからどういう風に伸びていかれるのか、どう展開されるのか楽しみです。MiO写真奨励賞では、「写真を上手になろう」ではなく、「写真って何だろう」という、写真の可能性をどんどん拡張していく人へエールを送りたいという気持ちがあります。僕はそういうつもりで高西さんの作品に賛同して、全員一致で奨励賞(グランプリ)に決定しました。
 それと同じレベルか、ある面ではより高いレベルに達しているのは、バルボラ・ククリコヴァーさんの赤ちゃんとの作品です。デジタル時代の特質がよく出ていて、母子の関係があれほど濃密に出た作品も珍しいと思います。昨年の奨励賞(グランプリ)で、今年は優秀賞となった中国のアドォさんのポートレートは、ものすごく高度です。顔の表情のポートレートというよりは、存在のポートレートだと言えます。この世にこういう人が存在するという、ある種、実存主義的なポートレートで、意欲やこころざしの高い優れた作品です。優秀賞の小瀧恵介さんの作品は、廃校になった学校を撮っています。その空間がもつ独特のわびしさや切なさのようなものを受けとめた作品も可能性があると思います。
 僕の選んだ審査員特別賞、中国の楊群さんの作品は、パノラマで子どもを撮っています。トリッキーな撮り方ですが、ドキュメンタリーです。中国の都市の縁辺にいる農村部の子どもが、どのような日常を過ごしているのか、いわゆる子どもの領分が写っています。これはけっこう懐かしいものを感じます。いまの日本の子どもを撮った作品とは違う質の面白さがあります。もう一人の審査員特別賞は、稲森士郎さんです。彼は、とても丹念にいろいろなところを歩いて、景観や風景の中に人間を感じています。いまの日本の伝統や歴史より、もっと土着的な面での伝統や景観の、世代を越えて受継いできた価値観みたいなものが端的に出ています。貴重な仕事だと思いますし、見ていて楽しいので、審査員特別賞にしました。
 野田紘未さん(昨年の優秀賞)の作品は、昨年よりも非常に完成度が上がり、いいものだと思います。しかし、完成度より新しい展開とか可能性の高い作品にエールをおくるという意味で入選にしました。また、同じく入選の亀村ヨシノブさん(2004年の優秀賞)が撮る猥雑な都市風景は、写真家、金村修とある種、共通していると思います。しかし、亀村さんには、やはり亀村さん独特の見方があらわれてきました。野田さんと同じく、完成度がぐっと上がっているので、今回は入選作品として、みなさんに見ていただきたいと思いましたが、もう独り歩きしていけるだろうと、あえて賞にはしませんでした。両方ともなかなかいい仕事だと思います。
 全体的に、写真へのこだわりが立ち上がってきて、再起動してきたと思います。写真は、いま世の中で何が起こっているのか、この眼前の光景は一体何だろうということを、受けとめて、視覚化していく仕事だと思います。そして、世の中から受けとめて投げ返すものです。そういう意味では、本当に若い人たちが、この時代や社会をどう受けとめているのか、そして、虚像をどう払拭して、現実や真実に至ろうとするのかという意欲が見えてくるものを評価したいと思います。そういうものが見応えがあると言えるでしょう。くどいようですが、写真がうまくなることではなく、写真という手段を通じて、いかに世界と渡り合うか、向き合うかということが肝心だと思います。これからもそういう作品がどんどん出てくることを願っています。
 
  (インタビューを編集しました)